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新潟工場設立20周年を迎えて

生産本部 本部長 荒明 文彦 Fumihiko ARAAKE

 

当社の生産本部である新潟工場は、新潟県上越市にあり、北陸自動車道の上越ICより4km、直江津港には2.5kmと陸海路ともに便利な場所に立地しております。また、2015年3月の北陸新幹線の開通により、関東圏および関西圏からの来訪も便利になりました。


私が初めて新潟工場に訪れたのは今から11、12年前の冬であり、当時は上越新幹線で長岡に出て、特急「はくたか」に乗り継いで直江津に向かうことが標準的な経路でした。直江津駅に到して最初の感想は、「遠い、寒い」であったと記憶しています。今では北陸新幹線が金沢まで開通し、大変便利になった反面、出張者には日帰りが可能となり、夜に美味しい魚と日本酒をゆっくりと堪能する時間が無くなってしまい、さぞかし嘆かわしいことであると思います。


さて、当社新潟工場は2000年4月より当地での生産を開始し、無事、20年が経過しました。この間、2007年には上越新幹線が脱線したことでも記憶に残る「新潟県中越沖地震」、2011年には「東日本大震災」を経験しておりますが、建屋・設備共に被害が出ることはありませんでした。この20年無事に工場運営できたことは、ひとえにステークホルダーの皆様からのご支援と、工場スタッフおよび諸先輩方の努力の賜物であると感謝しております。


今想い返すと、私が1989年に入社したときの工場は、神奈川県藤沢市にある荏原製作所(当時の親会社)のすぐ横に立地しておりました。工場と研究所が一緒の敷地内にあり、種々の設備が所狭しと設置されており、工場設備改修や拡張を行うスペースなどありませんでした。一方移転した現在の上越市の工場は、約2万㎡の敷地面積を有し、作業エリアにも余裕を持って稼働を開始することが出来たと、移転に携わったスタッフから聞いております。しかし、20年の年月が経過すると生産する製品の構成にも変化が出ています。移転後暫くは、主に国内向け、輸出向け製品の両方を生産しておりましたが、海外子会社が増えるにつれ、製品の輸出は減少し、子会社の工場向け製品(いわゆるエキス)の生産が増え、国内においては少量多品種生産対応へと変化をしており、今までの生産方法のあり方を大きく見直すべき時期にきていると考えております。2018年に発表した中期経営計画「Next 50 Innovation」にて、新潟工場のリニューアルを掲げておりましたが、コロナ禍の影響により一時的に停止せざるを得ませんでした。今後は環境・社会・企業統治(ESG)および持続可能な開発目標(SDGs)の取り組みを踏まえたうえで、再度検討していく所存です。

 

最後に、今年の1月の大雪では、一部製品を予定期日にお届けできず、お客様には大変ご迷惑をお掛けいたしましたが、今後とも皆様のご期待に応えられるよう邁進してまいります。冬は雪深い印象の上越市ですが、4月には日本三大夜桜の一つに数えられている、高田城址公園の桜が見頃を迎えます。上越市にお越しの際は、ぜひ当社新潟工場までお立ち寄りいただけますと幸いです。引き続き何卒、よろしくお願い申し上げます。

 

 

 

当社の生産本部である新潟工場は、新潟県上越市にあり、北陸自動車道の上越ICより4km、直江津港には2.5kmと陸海路ともに便利な場所に立地しております。また、2015年3月の北陸新幹線の開通により、関東圏および関西圏からの来訪も便利になりました。


私が初めて新潟工場に訪れたのは今から11、12年前の冬であり、当時は上越新幹線で長岡に出て、特急「はくたか」に乗り継いで直江津に向かうことが標準的な経路でした。直江津駅に到して最初の感想は、「遠い、寒い」であったと記憶しています。今では北陸新幹線が金沢まで開通し、大変便利になった反面、出張者には日帰りが可能となり、夜に美味しい魚と日本酒をゆっくりと堪能する時間が無くなってしまい、さぞかし嘆かわしいことであると思います。


さて、当社新潟工場は2000年4月より当地での生産を開始し、無事、20年が経過しました。この間、2007年には上越新幹線が脱線したことでも記憶に残る「新潟県中越沖地震」、2011年には「東日本大震災」を経験しておりますが、建屋・設備共に被害が出ることはありませんでした。この20年無事に工場運営できたことは、ひとえにステークホルダーの皆様からのご支援と、工場スタッフおよび諸先輩方の努力の賜物であると感謝しております。


今想い返すと、私が1989年に入社したときの工場は、神奈川県藤沢市にある荏原製作所(当時の親会社)のすぐ横に立地しておりました。工場と研究所が一緒の敷地内にあり、種々の設備が所狭しと設置されており、工場設備改修や拡張を行うスペースなどありませんでした。一方移転した現在の上越市の工場は、約2万㎡の敷地面積を有し、作業エリアにも余裕を持って稼働を開始することが出来たと、移転に携わったスタッフから聞いております。しかし、20年の年月が経過すると生産する製品の構成にも変化が出ています。移転後暫くは、主に国内向け、輸出向け製品の両方を生産しておりましたが、海外子会社が増えるにつれ、製品の輸出は減少し、子会社の工場向け製品(いわゆるエキス)の生産が増え、国内においては少量多品種生産対応へと変化をしており、今までの生産方法のあり方を大きく見直すべき時期にきていると考えております。2018年に発表した中期経営計画「Next 50 Innovation」にて、新潟工場のリニューアルを掲げておりましたが、コロナ禍の影響により一時的に停止せざるを得ませんでした。今後は環境・社会・企業統治(ESG)および持続可能な開発目標(SDGs)の取り組みを踏まえたうえで、再度検討していく所存です。

 

最後に、今年の1月の大雪では、一部製品を予定期日にお届けできず、お客様には大変ご迷惑をお掛けいたしましたが、今後とも皆様のご期待に応えられるよう邁進してまいります。冬は雪深い印象の上越市ですが、4月には日本三大夜桜の一つに数えられている、高田城址公園の桜が見頃を迎えます。上越市にお越しの際は、ぜひ当社新潟工場までお立ち寄りいただけますと幸いです。引き続き何卒、よろしくお願い申し上げます。

 

 

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JCUテクニカルレポート 110号 2021年8月